姉の誕生日パーティー

久しぶりに実家に集まって、姉の誕生日のお祝いパーティをしました。
私が住んでいる家から実家までは、電車で約1時間くらいです。
プレゼントは1カ月以上前からインターネットで探し、購入や配送の手配をしていました。
プレゼントの内容は、タルト等ちょっと豪華なお菓子の詰め合わせで、姉の生年月日と名前の入ったカード付きです。
当日の夕方くらいに、直接実家に届くように配送手配しました。
誕生会パーティの当日である今日、朝から昼過ぎまでは仕事です。
いつも通りに仕事をすませ、実家に向かうため電車に乗りました。
電車の中で座ってボーっと窓の外を眺めていたら、ある看板が目に留まりました。
中学生から高校生の頃、この電車で学校に通っていたときによく目にしていた看板です。
もう20年ほど昔の話です。古臭くてさびれた感じの看板ですが、どんなに時間が経ってもそこにあるのが、なんだか不思議な感じです。
仕事も生活も情報も、毎日目まぐるしく変化していくのに、この看板はずっと変わらないでそこにあるのです。
ですが私は、あのときから20歳以上も年をとりました。
誕生日を迎える姉も、またひとつ年を重ねるのです。
言葉では言い表せないような、なんとも言えない気持ちになりました。
でも人は、生きている限り、変化しながら前へ進むことしかできないのです。
夕方前には実家に到着して、さっそくビールを飲みながらゆっくりしました。
メンバーも全員そろい、ちょっとだけ豪華な夕食を囲んでホームパーティが始まりました。
元々は両親ときょうだいの5人家族だったのですが、今では私たちが親世代で、姪や甥が部屋の中を元気に走り回っています。
両親はおばあちゃん、おじいちゃんと呼ばれる世代です。
夕飯を食べながら、楽しく話しながらも「やっぱり年をとったなあ」と、ふと思いました。
そうしているうちに、しばらく時間が経ちましたが、プレゼントが届く気配がありません。
たしか時間指定をしたはずと、スマホを取り出してメールを確認しました。
時計をチラチラ見ていると、誰かが「たいていの場合は指定された時間帯のギリギリの頃に届くよ」と言いました。
指定した時間帯は16時から18時なので、とりあえず18時を過ぎるまでは、何もしなくていいかと思いました。
しばらくして時計をみると、もう18時半になっていました。
相変わらず、プレゼントが届く気配はありません。
配送状況を確認しようと、再びスマホを取り出して見たものの、確認できる配送状況が前日時点での記録になっており更新されていないようです。
「リアルタイムでの状況が確認できなければまったく意味がないのではないか」とイライラしながら、仕方なくサービスセンターに電話して問い合わせることにしました。
番号をメモして電話をかけて、耳元で発信音が鳴り響きますが、一向に電話が取られる気配がありません。
諦めて電話を切ろうかと思いながらも、周りに「なかなか出ないよ」と言いながら、しばらくそのままかけ続けていました。
20コールくらいした頃、ようやく電話にでたサービスセンターの人に状況を伝えたところ、「確認してから折り返します」と言われました。
それから10分くらいして、サービスセンターではなく現場の配達員らしき人から、折り返しの電話がかかってきました。
その人の話によると、どうやら荷物の保管所で、配送日が異なる場所に入れられてしまっていたとのことでした。
「これから急いで届けます」と言われて電話を切ってからものの5分程度で、プレゼントが届きました。
指定した時間帯ではなかったものの、結果的には無事にプレゼントが届いたのだから良かったのですが、それまでの不安とイライラで、私のテンションはすっかり下がっていました。
今回は気心知れたきょうだいの誕生日プレゼントだったから良かったものの、これがもし仕事での配送だったり、とても重要な式典での配送だったらどうなるのでしょうか。
それとも、配送ミスなどは常に考慮しておくべき事項であり、時間に遅れたら困るような場合には利用すべきでないサービスなのでしょうか。
なんだか釈然としないまま、それでも時間は流れ、最後にみんなで写真を撮って、パーティは終わりました。
帰りの電車では、行きのときと同じようにボーっとしていましたが、あの看板を見ることはありませんでした。
それでも頭の中では、なんとなく昔のことを思い出していました。
中学生の頃、あのときはポケベルが流行っていて、高校生の頃、携帯電話を持ちはじめて…。
時代が変わり、生活必需品も人々の価値観もあらゆるものが変わった中で、あの看板のように変わらずにいるものはどれくらいあるのでしょうか。
そしてこれからの日々の中で、今あるものはどれだけ変わっていくのでしょうか。
ある程度の年を重ねると、誕生日を迎えるたびに、嬉しさと不安が同時に押し寄せます。
それでも人は、まだ見ぬ未来に向かって、変化しながら前へ進み続けます。
来年もまた私は、きっとこの電車に乗って実家へと向かうことでしょう。
覚えていたら、またあの看板を見つけたいと思います。

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